885 :本当にあった怖い名無し 2019/06/28(金) 21:41:20 ID:Ay13zVUs0.net
我が家には小さいながらも庭がある
人は怖がって入ってこない

昔の話になるがある晩寝苦しさに目覚めると
井戸ポンプを動かす音が聞こえた
さては水泥棒だなと縁側の雨戸の隙間から見てみると
当然暗くてよくわからない
が、まあ人間の大きさなら影くらい見えるものだろうと意を決して開け放った
「ぎゃあ」と叫び声をあげたのは逃げた小動物ではなく俺の方
俺は赤ん坊の頃猫に顔面ざりっとやられて顔に傷を持つ男なので
大の動物嫌いだった

翌朝起きてから心配になった
見た小動物の影は肋が浮いていた気がしたんだ
いやいや見間違いに違いあるまいと思い込もうとしたが
嫌いだからといって確認もせず見放すわけにもいくまいと何晩か張り込んでみた

中々来ないのでまた早寝習慣にもどって数日した夜にまた目が醒めた
予感めいたものを感じて縁側に出てみると件の動物がポンプからこぼれた水をペチャペチャとやっていた
心中うわぁだったがそれは静かに行動したと思う
台所で用意したものを持って縁側に出ると
ひくりひくりと腹を動かしていた小動物がさっと耳をそばだててこちらを見た
食べ物の匂いには敏感らしい
こっちはそんなもんでもビクつくわけだが
さりとてタヒんで欲しいほど嫌いというわけではないので
渋々縁側から下りていって庭石の上にキャドフードを置いてみた
どっちかわからなかったので両方かって半分づつ置いたんだ

塀のそばの茂みに隠れていた猫が観念して姿を表したのは
近づいてきた俺に怯えてひっこんでから何十分かした頃だった
俺の方が先に根負けして翌日の仕事のために寝るかと考えはじめていた頃だった

886 :本当にあった怖い名無し 2019/06/28(金) 21:42:21 ID:Ay13zVUs0.net
それから動物嫌いの俺と人間嫌いの猫との奇妙な飼育関係がはじまった
猫に名前をつけようとも思わない俺は奇妙なことに餌を切らさないように買い込んで
人間を見ると逃げ隠れする猫も致し方なしと覚悟を決めて餌だけ盗み食いをする
お互いこんな調子なんだがなぜだか互いを尊重したかのような距離感で接していた

一度だけその猫がミャアと鳴いたのを聞いたことがある
毎晩どころか日中も用意しておけば食べているようになった頃だ
痩せこけていた姿も大分ふっくらとして元気を取り戻したので
安心して晩飯を庭においてぐーすかやっていた
もしかしたら何度か鳴いていたのかもしれないが
瞼が持つ引力にはその時は逆らえなかった

そして唐突に猫が来なくなった
その九ヶ月後位に一人の男が逮捕された
飼い主だった男だ
自分の飼っていた猫が邪魔になったので放り捨て
それでも健気に戻ってくる猫を餌を与えずに野垂れタヒにさせようと企み
それがどこかで餌をもらって元気になると
二度と家に帰れないように杀殳したということだった
怒りで顔に血膨れが出来たことなんて後にも先にもあれだけだ
俺は知っている
人間が怖そうなのに生きるために怖い人間からでも糧を得て生き延びた姿
そうまでして生き延びたのは多分怖い飼い主だとわかっていても
それでも信頼があったからなんだろうと
887 :本当にあった怖い名無し 2019/06/28(金) 21:45:39 ID:Ay13zVUs0.net
それから二年くらい過ぎて
我が家の庭が荒らされる事件が起こった
被害届を出したりなんなりして暫く経ったある夜
凄まじい悲鳴に目が醒めて慌てて庭に出ると
そこには猫杀殳しですっかりご近所から爪弾きにされている男がいた
ベビーベッドの上の赤子のような両手両足を宙に突き出したような格好でもがいている
その時俺にも元飼い主を組み伏せている虎のような姿になった懐かしい毛並みが見えた気がした
警察を呼んでそれが着く前に
せっかくだから名前がないととおもってミアと名付けた


保護した不審者の指紋が庭が荒らされた時に採取されたものと一致した
この話を聞いた後で俺が望んだ事は面会だった
俺は最初にどうして俺の家に変な真似をしでかしたかを聞いた
俺が通報したから捕まって仕事を失ったんだと思ったと言われた
随分手前勝手な話もあったもんだと呆れたが
それは事実じゃあないと説明すると男はすんなり納得した様子だった
俺が説明したのは生タヒの境にあって井戸水の盜み飲みをはじめた猫が
人間不信でありながら飼い主のもとに生きて戻るために
なぜだか置かれる不思議な食事を腹にたっぷり蓄えて
いつか家にいれてくれるご主人様の家にまた戻っていった話だ

同席していた警察官なんかは半信半疑ながらポ□リと涙をこぼしていた
男も、そこまで信頼されていたのだと理解すると態度が変わっていた
後悔がはっきりと見えたところで俺はミアは返さないと宣言した
もうあんたのとこの子だよと向こうも目をうるませながら言っていた
仕事に疲れて仕事を失ってあれこれしていて煩わしくなる前は
心底かわいがっていたのにどうしてあんな気持ちになっていたのか
そう白状した男の姿はミアが慕っていた飼い主の顔として俺も納得するものだった
888 :本当にあった怖い名無し 2019/06/28(金) 21:50:59 ID:Ay13zVUs0.net
化け猫が出た家
今の我が家のご近所から貼られたレッテルはこうだ
俺がミアのためにかかさず食べられもしない猫の餌を置いているから
まことしやかに囁かれた噂はいつしか俺が化け猫に怯えてそうしているというものに変わった

おかげさまで人払いの必要もなく我が家は静かだ
たまに縁側に腰掛けているとふと冷気がふとももの上に乗ってくる
ぷっくり丸く元気になった頃の毛並みに見えるがそれにはもう生気はない
杀殳された時の姿なんだろうか首が折れていた

しばらくはこう考えていた
もしもこれが幻覚であったら自覚したら見えなくなるのではないか
そんなことが怖くてなかなか聞きにいけずにいたが
例の事件の時に関わった警察官にミアのタヒ因をきいて
首を捻り杀殳されたと確認がとれた

以後もミアの亡霊は度々出てきてくれている
生きているうちに撫でたかったがこの手は当然素通りだ
生きている内に撫でてやれたら
ミアはうちの子になって杀殳される事はなかったのだろうかと時折そんな事を思う
889 :本当にあった怖い名無し 2019/06/28(金) 22:11:17 ID:Ay13zVUs0.net
あの経験を通して俺には一つ恐怖がある
後日飼い主と細かい話をする機会があった時から感じたことだ

子猫の頃に知り合いから譲り受けたミアが可愛くて仕方がなかったらしい
だが、最初の失職後一年近く次の就職先探しが難航していたそうだ
その過程で愛が憎悪に変わったそうだ
減っていく預金の残高 達成しなければならない節約目標
呑気に餌をねだるだけの生活が出来る猫と自分を対比して
日に日におかしくなったと彼は言った
追い出したのは最後の良心だったと涙を浮かべていた

しかし
手取り12万程度の職にどうにかありついてでほそぼそとやっている頃に
見かけるたびに肥えて元気になっていく姿を見て彼は彼なりに激怒したらしい
ある日昔のように撫でる振りをしてみたら
まっしぐらにとびこんできたミアの首を気づいたらへし折っていたそうだ
一度目も失職、二度目の我が家への逆恨みのときも失職
つくづく、生きる糧を失う恐怖というのは恐ろしいものだと思う
愛猫を我が手で杀殳した罪を自覚して話す間中手を痙攣させる相手の姿に
俺は微塵もペットの虐待を好むようなタイプであるような印象を抱かなかった

失職なんて俺の身にだっていつ起きないとも限らない
生活の糧を得られなくなった時
俺はミアの求めた優しい主人でい続けられるんだろうか
今はそれが怖い
890 :本当にあった怖い名無し 2019/06/28(金) 22:27:22 ID:5akwbajN0.net
大丈夫だ、オマエのネコは飯を食わない
オマエが貧乏になったとしても餌代に憂慮することはない

だがな、もう成仏させてやれ
891 :本当にあった怖い名無し 2019/06/28(金) 23:29:26 ID:Ay13zVUs0.net
成仏なんてどうさせればいいか分からん
神道と仏教式と拝み倒してきてもらって
供養らしいそれは専門家にちゃんとやってもらったが
全く効果はなかった

まあ相手は猫だもの
そのうちふらっといなくなって
俺の寂しさと引き換えに未練を果たして幸せに逝くだろう
そうあって欲しい