離婚


1 :名無しさん@おーぷん 2016/08/16(火) 11:58:44 ID:XnT
冗談だと思ってたら嫁が実家かから戻って来ない…
離婚用紙送るからってさっき電話かかってきた…



426 :名無しの心子知らず 2011/09/19(月) 23:29:11 ID:ozboTK+M
前職時代の話。
 私は出勤が朝早く、休日もいつもと同じ時間に起床してジョギングをするのが日課でした。
おそらく、そんな私の習慣を把握した近所のママ(ほとんど面識なし)が、私不在の自宅に凸してきました。
 いつものように同じ時間にジョギングに出た私。しばらくして、キチママがだんなと高校生位の息子を
伴って来訪。自宅には妊娠1ヶ月の妻一人。妻は天然なところもあり、顔は知っている程度のキチママの
顔がインターフォンに映っているのを確認後、ためらいなくドアを開けて対応をした。
キチ「あなたがいつもキチママ旦那や息子に色目を使うから、彼らは仕事も手につかないし、学業にも集中
できない。いっそ今から二人の相手をさせてあげるから、もうこれ以上キチママ一家に関わらないで下さる」
 続く


558 :名無しさん@おーぷん 2015/03/02(月) 11:15:50 ID:3BM
身勝手なのは承知だけど、齢34にして母に会いたくなっている。

うちは家長絶対の家だった。兼業農家で、父も母も公務員。
農業は主に祖父母がやって、育児も祖父母。
母は家事+仕事。父は仕事から帰ったら何もしない。趣味パチ〇コ。
母は食事も一人だけ別のもの食べてて
刺身とか寿司も母のぶんはないのが当たり前だった。
理由は「主婦だから」。
祖父母も父もそう言うからそれが当然なんだと思っていた。

中学生になって同級生の母親を見て、きれいにしているので衝撃だった。
うちの母の毛玉だらけの服や、布で作った変なカバンがいやで
一緒に歩かないようになった。
母の給料は振込じゃなかったのかどうか知らないが、
母が使えないか、使わない金扱いだった。
金がないからきれいにできるわけもないのだが当時はそんなこと考えてみもしなかった。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。 2008/08/28(木) 01:14:31
顔も見たくないし、声も聞きたくないから別居して
欲しいと嫁から言われました。
じゃあ離婚でいいよと言うと離婚はいやだ、別居に
して欲しいと言い出しました。今自分が住んでるところは
嫁の実家です。結婚するとき俺の実家には住みたくない
と駄々こねたので俺が嫁の実家にいきました。


まあまとめると家から出てけ、でも離婚はいやだ

ということです。俺はもうこんなワガママ嫁とは離婚
したいんですがどうしたらいいでしょうか?


322 :名無しさん@おーぷん 2016/05/27(金) 09:09:43 ID:znA
愚痴というか相談というか…。

わたしは周りの人に、本名を言っていません。
在○とかでもないし、苗字が少し難読ではあるけど、普通の名前です。
では何故本名を言わないか。
うちは両親が離婚していて、わたしは父に引き取られました。
小学生の頃に父にに彼女ができ 4年生のとき、父とわたしと彼女の3人で旅行に行きました。
キャンピングカーに泊まって3人で川の字になって寝てたんだけど、父と彼女がセクロスしはじめて。
車の揺れで目が覚めました。
何となく「何してるの?」なんて言える感じじゃないって察して、寝たふりし続けました。
そしたら、彼女が喘ぎながら、わたしの名前を言ったんです。
「○○ちゃんが気付いちゃう」「○○ちゃんが起きちゃう」って、喘ぎながら。
その夜だけではなく、そういうことが何度もありました。
それ以来、30歳になった今も、自分の名前が嫌で仕方ないです。
名前を呼ばれると、その夜のことを思い出すんです。
でも、実生活で本名じゃない名前を使い続けるのって難しくて…。
付き合いそうになったときに、本名じゃない件とその事情とを話しますが、怪訝な顔をされます。
なんであの彼女さんは、わたしの名前を喘いだのか…。
改名も考えたけれど、精神的トラウマでも可能なのか…。
いらない枷をつけられた感じで、なんとも生きにくいです。


837 :名無しさん@HOME 2011/03/09(水) 14:27:55 O
流れ切ってしまうけど
今すごい嬉しい幸せ!
午前中に産科に行ってきた!赤が来てくれてた!タヒぬほど嬉しい

前の結婚では、超近距離別居で過干渉の元ウトメには常に孫を催促されていたけど音沙汰なし
3年目に「親父とお袋に孫をみせてやりたいんだ」と、頭を下げられて緑の神を差し出され悲しいやら悔しいやら泣きながら
「子供いないとダメ?仲良く生きていけないの?」って訴えても
「親父とお袋が」とか「子供を産まないと俺の家族に入ったことにならないんだ」とか義実家がらみになると、もう全然話し合いにならなかった
確かに妊娠しにくい体質と診断されたけど、希望がないわけではなかったのに
ウトメも交えた話し合いの席では、私と対面する形で旦那とウトメが並んで座ってた
完全に私が敵だったんだね
段々疲れてちゃってもうこの人いらんわと判を突いた

去年秋に再婚して二人の生活楽しー、と思ってたらあっさり妊娠したよ
きっと三人になっても楽しいんだろうな
受診後旦那に電話したらすごい喜んでて「これから家事は全部俺がする!」そうですw

今、なんかすごい興奮状態
なんなんだろこの感覚、自分が自分一人じゃないって
じっとしていられなくて無駄に動いてしまうw


246 :名無しさん@HOME 2008/02/06(水) 14:50:01 0
俺の前妻も、俺の留守中に嫁実家への引越しを勝手に済ませていたよ。
急に、たまには一人でハネをのばしてきてねと旅行のチケットを渡され
感涙にむせびつつ出かけた自分がバカだった。
空港に迎えに来た嫁にいきなり嫁実家に連れて行かれ、今日からココで
暮らしてねと言われたときは何のジョークかと思ったが…


1 :名無しさん@おーぷん 2017/08/28(月) 09:41:37 ID:Ti5
必タヒに嫌がったから、黒だなと思ってワクワクしてたのに、鑑定と探偵事務所の結果も白だったんだが
白でも離婚って騒いでるってことはよほど心当たりがあったんやな
後、病気やガンなどのことがわかるってお前らが言ってたけど大嘘じゃねぇか


761 :名無しさん@おーぷん 2015/03/13(金) 00:38:38 ID:wcC
長年続いた姉絡みの修羅場もろもろ、フェイク多少あり

○年前、姉が不倫して離婚しそうになった。
逆ギレ開き直る姉に昔から姉に甘い両親すらも呆れて怒りと情けなさでマジ泣き。
もちろん離婚だろなと思ってたんだけど当時中学生だった姉の娘が、
自分が成人するまでは離婚しないでほしいと言い出した。
理由は、父子家庭だとカッコ悪いし友達にハブられるかもしれないから。
娘本人は真剣、苦い顔の姉旦那と逆に姉はあからさまにテンションアップで
やっぱりママと一緒にいたいよねママいないと寂しいもんね云々。
そこで子供が母子家庭じゃなく父子家庭と言ってる時点でお前のこと完全に切り捨ててるだろと思ったけど。
娘の意思を尊重し、彼女が成人するまでは離婚はナシという方向でまとまった。

○年経ち、姉の子供が無事に成人した。そして約束通り離婚の話になり、
こっちサイドが姉の旦那サイドに改めて謝罪するなか姉だけ激怒。
とはいえ姉以外はみんな時が来れば約束通り離婚で確定と思ってたし、
むしろ子供の希望通りとはいえ姉旦那さんはこの数年間本当につらかったろうなと申し訳なかった。
でも姉だけは頑なに謝らないしここまできたら自分こそが被害者だと言って譲らない。
子供が成人したら離婚だと念書付きで決めてただろと周囲に言われても
普通はあのまま再構築するのが世間の常識で自分は何年も騙されたと激怒。
そんな言い分を聞く必要はないので姉の旦那さんは子供と一緒に引っ越していった。

その後、姉を一人にしとくとろくなことにならないからと両親に言われ私の借りてるマンションで二人暮らし。
昔から妹=奴隷の認識だし両親も「姉を見張るのは妹の役目」でノータッチだから日々ストレスだった。
でも昔と違って反論もできるようになり何もかも言いなりの奴隷にはならなかったし、
そのせいで姉のヒステリーが悪化したり両親に姉を大事にしろと叱られたりして腹立ったけど
数年間ずっと修羅場だったであろう姉の旦那さんに比べればマシだろうと思い適当に交わしつつ過ごしてた。
私に結婚話が持ち上がった際、姉と同居を条件にしろと両親と姉が言い出したのを機に
結婚話そのものは駄目になったものの最終的には私も家族から逃げた。しばらくは徹底的に断絶状態。

現在、連絡はお互いとれるようになってるけど別に会うこともないしそれなりに平和。


69 :名無しさん@おーぷん 2015/04/12(日) 10:00:00 ID:9VX
放置子メンタルで義理の姉妹を家から追い出したこと
11の時、実の父に引き取られた
私の両親は私が物心つく前に離婚、母が私を引き取ったものの
ネグレクトが露見した結果、父が親権を取り上げたのだ。
父の家には、私と同じ年の女の子がいた。血縁関係はない。
父の再婚相手の子供だった。後妻は私を引き取る少し前に亡くなっており
それが、それまで新しい妻子に遠慮して一度も会いに来なかった
私の様子を見に来るきっかけになったと聞いた。
私は所謂放置子というもので、一目で父はうちの不健全さに気づいたらしい。
母は養育費なしと聞くや簡単に私を手放すような、まあそんな人だった。

ずっと一緒に暮らしていた義理の娘とずっと離れて暮らしていた実の娘。
あたらしい家庭の中で異物は間違いなく私のほうだった。
父もそう思ったんだろう、私に多くの時間を割いた。
姉妹で同じことをしても私だけ褒められたり、私だけ叱られなかったりすることがままあった。
それまでの境遇を考えて父は精神的なケアを優先したんだろう。
それがその子には気に食わなかったらしい。
元々私は彼女にとって自分の領域を侵す他人で父親を半分も奪う侵略者だった

このページのトップヘ